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東京高等裁判所 昭和49年(う)2331号 判決

控訴人 被告人

被告人 東寶酒造株式会社 外一名

弁護人 小林健治 外二名

検察官 宮代力

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小林健治作成名義の控訴趣意書(一)、(二)および弁護人水田耕一、同三戸岡耕二共同作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、検察官宮代力作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用し、これに対し次のとおり判断する。

弁護人小林健治の控訴趣意第一の二および弁護人水田耕一外一名の控訴趣意第二点中理由不備の主張について

所論は、要するに、原判決は、自社製の二級清酒を詰めたびんに特級清酒の表示証を貼布した行為を、内容、品質につき誤認を生ぜしめる虚偽の表示であるとして、不正競争防止法第五条第一号に該当するとしたが、右二級清酒の品質や特級清酒の内容、品質を具体的に判示せず、右両者間に如何なる差異があり、その結果如何なる誤認を生ぜしめることになるかにつき何ら判示するところがないから、この点において原判決には理由不備の違法がある、というのである。

しかし、原判決は、本件清酒の内容、品質につき、これが二級酒であることすなわち「特級」でないことおよび被告人古市滝之助が、右二級酒に清酒特級の表示証を貼布したことを認定判示しているものであつて、後に説示するように、酒税法の規定により、二級の表示証を貼布すべき本件清酒に、本来酒類審議会の審査を受け品質優良なものとして特級の認定を受けた清酒に貼布すべき清酒特級の表示証を貼布することは、本件清酒が、清酒特級であり、かつ、酒類審議会の審査を受け、品質優良なものとして特級の認定を受けた優良酒であると誤認せしめるものであり、商品であるびん詰清酒に、その品質、内容につき誤認を生ぜしめる虚偽の表示をしたことになることは明らかであるから、原判決には、所論のような理由不備の違法はないといわなければならない。論旨は理由がない。

弁護人小林健治の控訴趣意第一点、第三点(法令適用の誤ないし理由不備の主張)について

所論は、要するに、不正競争防止法第五条第一号は、同条第二号、第三号と異なり、不正競争の目的を以てすることを要しないとされており、もつぱら消費者を保護するための立法として、不当に一般消費者を誘引しようとする商品の表示、その広告を禁止するものと解せられるから、その広告、表示をするにつき、不正の利得を得ようとする目的、意図を必要とすべきものと思料されるところ、原判決は、たんに、「二級清酒に、その内容、品質と異なる清酒特級の表示証を貼布して、これをあたかも特級清酒であるかのように装つて移出販売しようと企て……一・八リツトルびん詰二級清酒合計一万六千四百九十四本に清酒特級の表示証を貼布し」と認定したに止まり、右目的、意図の認定をしていないから、原判示事実につき不正競争防止法第五条第一号を適用処断した原判決は、同号の解釈を誤り、その構成要件の認定を欠くものであり、理由不備の違法があるというのである。

よつて案ずるに、不正競争防止法第五条第一号が、同条第二号、第三号と異なり不正競争の目的を要件としていないことは、所論の指摘するとおりであるけれども、同号の行為は、競業の公正と秩序の破壊行為としてとくに反倫理性が強く、公序良俗、信義衡平に反することが顕著であり、公衆の利益が害せられる危険が大きいため、不正競争の目的の有無にかかわらず処罰し得るものとなしたものと解するのを相当とし、所論の主張するように、これを根拠として、右規定をもつてもつぱら消費者を保護するための立法となし、同号の罪の成立するためには、その表示、広告をするにつき、不正の利得を得ようとする目的、意図の存在することを必要とするものと解することはできない。ひつきよう、論旨は独自の見解であつて採用することはできず、原判決には所論のような法令適用の誤ないし理由不備の違法は認められないから、この点についての論旨は理由がない。

弁護人水田耕一外一名の控訴趣意第一点(法令適用の誤ないし理由不備の主張)について

所論は、要するに、不正競争防止法第五条第一号が不正競争行為として禁止しようとしているのは、広告その他の公衆の知り得べき手段、方法をもつて公衆を誤認に導くおそれのある表示の使用であり、商品にかかる表示をすることが禁止されるのも、通常の場合商品に公衆性があり、その表示が一種の広告的作用を営むからに外ならない。したがつて、同号による虚偽表示の禁止は、公衆に向つて虚偽表示をなし、それにより公衆を誤認に導き、もつて自己の商品に不正に公衆を誘引しようとする行為を処罰しようとするものであるということができるから、同号は、行為者に、不正に公衆を誘引し、もつて不正の利益を得ようとする目的、意図があつたこと、および行為者の表示行為により、公衆が誤認に陥り、当該商品に誘引される客観的危険が生ずることを要件とするものと解すべきであり、仮りに商品に虚偽の表示が付されても、すでに売買契約が成立し、ないし買入れの注文をなした特定の買主に対してその商品が給付されるに過ぎない場合、行為者に、公衆を不正に誘引して不正の利益を得ようとする目的、意図がないのはもとより、該表示が公衆に向つてなされ、それにより公衆が誤認に陥り、もつて当該商品に誘引されるという客観的危険性も認められないから、かかる場合右規定による禁止の対象とならないものと解するのを相当とするところ、原判決は、右目的、意図の存在や結果の発生について何ら認定するところがないうえ、もともと本件清酒は、すべて消費者からの注文に基づいて当該買主に給付すべきものであつて、右のような目的、意図や結果発生のおそれのないものであるから、原判決が、原判示事実に同法第五条第一号を適用したのは、同号の解釈適用の誤または理由不備の違法があるというのである。

しかし、同号の罪の成立に不正の利得を得ようとする目的、意図の存在することを要するものでないことは、前説示のとおりであり、同号は、競業秩序の破壊行為を処罰することにより、競業の公正と秩序を保護するとともに公衆の利益を保護するにあると解するのを相当とするから、たとえ、本件清酒が、消費者の注文に応じて移出、給付されるものであるとしても、これに清酒特級の表示証を貼布して品質、内容につき誤認を生ぜしめる虚偽の表示をなすとき、自由競争の範囲を逸脱し、競業の公正と秩序を害するとともに公衆の利益を害するものであるから、同号に該当するものであることは明らかである。それ故、本件につき同号を適用処断した原判決には、法令の解釈適用の誤または理由不備の違法はなく、論旨は、ひつきよう独自の見解であつて採用することはできない。論旨は理由がない。

弁護人小林健治の控訴趣意第二点(事実誤認の主張)および弁護人水田耕一外一名の控訴趣意第二点中事実誤認ないし法令適用の誤の主張について

所論は、要するに、原判決は、びん詰二級清酒に清酒特級の表示証を貼布し、商品であるびん詰清酒にその内容、品質につき誤認を生ぜしめる虚偽の表示をしたと認定したけれども、もともと清酒の級別制度は、酒税法上徴税の便宜のため設けられたものであつて消費者保護の目的を有しないものであり、同法第五条第一項により清酒は、特級、一級および二級に区別され、同法施行令第一一条は、清酒の規格につき、特級は品質が優良であるもの、一級は品質が佳良であるもの、二級は右特級および一級に該当しないものと規定しているから、二級の中には級別の審査を自発的に受けないものも含まれており、しかも右規格に該当するかどうかは、同法第五条第四項、第五項により中央酒類審議会または地方酒類審議会の審査したところにより国税庁長官または国税局長が認定するものと定められているけれども、右審査は、国税庁の鑑定官を含む数人の審査員のいわゆる聞き酒などの方法により味、香、色などの面から審査する官能検査であるから、必ずしもその審査の結果には全幅の信頼を措き難いものがあるうえ、原酒は、級別の審査認定を受けたのち濾過、火入れ、補酸、除酸、混合、割水等の工程を経てびん詰めされるので、その間品質の変化が生ずること、清酒の級別審査は、貯蔵タンクごとに少量の試料について行なわれ、右試料は、入念な炉過を行ない出品されるので、その出品技術の巧拙により級別の認否が左右される実情にあることなどを考えると、清酒の級別の認定表示は、商品の客観的品質ないし内容を保証し、表示する機能を有するとはいえず、一方、東京国税局間税部鑑定官室大蔵技官石川雄章、中村武司作成の昭和四五年三月一三日付試験成績と題する書面によれば、本件清酒のうち、一二月二二日移出にかかる「陸奥東灘」は、アルコール分が一六・一度、エキス分が七・一九-これを原エキスに換算すると三二・七以上となる-であり、また、一二月二四日および二七日移出にかかる「銀盃」は、アルコール分一六度、エキス分が五・九〇-これを原エキスに換算すると三一・四となる-であつて、いずれも現行の酒税法施行令により政正される以前の旧施行令第一〇条により定められた清酒特級の成分規格であるアルコール分一六度以上、原エキス分三〇度以上の数値に適合しており、右成分規格は、現在においても各酒造業者により特級酒の基準として踏襲されているところであるから、本件各清酒は、いずれも科学的にいつて特級酒としての品質を備えていることは明らかであり、そのうえ、右陸奥東灘は、もともと輸出用に造つた自家用酒ともいうべき優良酒であり、「銀盃」は、「純米」の名で特別二級酒として売出すため純粋な米だけから取つた酒をベースにして造つた優良酒であるから、これに清酒特級の表示証を貼布しても、品質につき虚偽の表示をしたことにはならない筋合であり、しかも、被告人会社は、当時特級の在庫を四万五〇〇〇本程有しており、そのうち二万本程度の受注を見込んでいたところ、一二月半ばに直接消費者からの注文が殺倒し結局一〇万本位になつたが、被告人会社では当時直売方式を採つていて、直接消費者から前金で代金を預つたりしていて内容を変更することは困難であり、特級の審査を受ける機会もないところから、切羽詰つて、級別の審査を受けずしたがつて特級の認定を受けていない酒に特級の表示証を貼布して移出したものであり、後で利益の中から金銭的なものは還元する積りであつて不正の利得を得ようとする目的はなかつた。それ故、本件につき不正競争防止法第五条第一号違反の事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認または法令の解釈適用の誤がある、というのである。

しかし、清酒の級別制度が、もともと酒税徴収の必要上設けられたものであり、酒税法上、酒税は原則として、酒類の数量を課税標準とし(従量税)、その級別およびアルコール分に応じて税率が定められていることは明らかであるけれども、記録および当審における事実取調べの結果ならびに酒税法第五条、第三八条および同法施行令第一一条等の定むるところによれば、清酒特級の規格は、「品質が優良であるもの」同一級の規格は、「品質の佳良であるもの」と定められており、清酒が右規格に該当するかどうかは、中央酒類審議会または地方酒類審議会の審査したところにより国税庁長官または国税局長の認定するものとされ、右中央酒類審議会は国税庁に置かれ、国税庁長官および委員三〇人以内で組織され、地方酒類審議会は国税局ごとに置かれ、国税局長および委員一五人以内(通達により最低九人とされている)で組織され、いずれも鑑定官や学識または経験のある権威者のうちから任命された委員により構成されるものであるから、その審査を経て清酒特級の認定を受けたものは、所論の指摘するように、場合により、認定を受けた後、品質に変化の生ずることがあり、また中には品質のさほど優秀であると認め難いものがありうるとしても、一般的にいつて品質の優良な清酒といい得ることは疑のないところであるから、所論のように、清酒の級別の認定、表示は、商品の客観的品質を表示する機能を有せず、かえつて清酒の客観的品質につき消費者を誤らせるものであるということはできないというべきであり、酒税の保全および酒類業組合等に関する法律第八六条の五、同法施行令第八条の三により酒類製造業者は、製造場から移出する清酒の容器の見やすい箇所に、その級別、アルコール分等を表示すべく義務づけられており、清酒の価格は、原則として酒税相当額を含む清酒の原価および適正な利潤を基礎として定められるものであるから、清酒の級別の表示は、その販売価格の高低と共に内容の品質の優劣と密接不可分の関係にあるものとして一般公衆に理解されるに至るべきことは当然の事理といわなければならない。

そこで本件清酒の品質につき検討すると、本件清酒が、現行の昭和三七年政令第九七号酒税法施行令による全面改正前の昭和二八年政令第二七号酒税法施行令第一〇条所定の清酒特級の成分規格に適合することは所論指摘のとおりであるけれども、右旧施行令においても清酒特級の規格として右の成分規格のほか「品質芳じゆんかつ優秀であるもの」と定められており、現行法のもとにおいては右成分規格の定めが廃止され、単に「品質が優良なもの」をもつて清酒特級の規格と定められているに過ぎないから、現在においては、右成分規格はなお清酒特級の品質をみる上の一つの目安となることは否定し得ないとしても、清酒特級の規格に該当するかどうかは、一に酒類審議会の審査および認定にまたざるを得ないものであるというべきところ、原審公判廷における証人秋本雄一の供述、白河税務署間税第一係長鈴木信作成の昭和四五年三月一四日付東駒酒造の級別認定申請および認定事績についてと題する書面、仙台国税局間税部長作成の昭和四九年三月一日付捜査関係事項照会に対する回答についてと題する書面添付の東駒酒造株式会社級別認定事績表等の証拠によれば、酒造業者が特級の認定を申請する原酒は、いずれも各業者において自信をもつて審査にかけるものであるが、それでも、各地の地方酒類審議会の実績をみると、平均して申請点数中八〇パーセントないし八五パーセントが特級の認定を受け得るに止まつており、有名メーカーのものでも認定から外れることがあるというのが実情であり、被告人会社の級別認定の実績について、特級の認定を申請した点数およびそのうち特級の認定を受け得なかつた点数(但し、この申請点数の中には、特級として認定されなかつた場合一級として認定を受け度い旨申請した点数を含ませ、また、特級の認定を受け得なかつた点数の中には、右の場合に特級として認定されず一級に認定された点数およびその何れにも認定されなかつた点数を含ませた。)とをみると、昭和四三年度において、申請点数三点中一点、同四四年度において申請点数二二点中六点、同四五年度において申請点数七点中五点がそれぞれ特級の認定を受け得なかつたことが認められ、このような実績に照らすと、本件清洒が、被告人会社の自信のある優良酒であつたとしても、法定の審査にかけた場合、果して所期のとおり特級の認定を受け得たかどうか疑いがないわけではないといわざるを得ないのである。

清酒の級別の認定は、このような酒造業者の推す優良酒に対して、徴税の便宜をもかねてその格付けを行なうものであり、その格付け自体および格付けの方法等に異論のあり得ることは、所論の指摘するとおりであるけれども、現行制度上清酒の級別制度が行なわれており、一般公衆が右級別の審査、認定、表示等に即応して清酒の銘柄とその級別を指定してこれを注文し購入している現在の取引の実態や慣行のもとにおいては、級別の認定を受けていない清酒を詰めたびんに清酒特級の表示証を貼布することは、たとえそれが所論の主張するような優良酒であるとしても、右級別制度上本来二級酒であるべきものを特級酒と偽るもので、商品の内容につき誤認を生ぜしめるものであり、また品質については、もともと公式の酒類審議会の審査を受け、品質が優良なものとして特級の認定を受けたものでない清酒を、正式に特級の認定を受けた品質優良な清酒であると誤認せしめるものであることは明らかであるから、被告人古市滝之助が、被告人会社の業務に関し、同社製造にかかる一・八リツトルびん詰二級清酒七五〇本、一万三五本および五七〇九本に清酒特級の表示証を貼布した本件所為は、不正競争防止法第五条第一号所定の「商品にその品質内容……につき誤認を生ぜしめる虚偽の表示を為したるもの」に該当するものといわなければならない。なお、所論は、同被告人において不正に利得をする目的がなかつた旨主張するけれども、右の主観的目的の存否は、同号の罪の成否に影響を及ぼすものでないことは、前に説明したとおりである。

それ故、原判決には所論のような事実誤認ないし法令適用の誤はなく、論旨はいずれも理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉川由己夫 裁判官 瀬下貞吉 裁判官 竹田央)

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